J O E N A K A M U R A B L O G

タイム・オブ・ザ・ウルフ

1日が36時間くらいあればいいのに。あっという間に一日が過ぎてしまう。
それでも少しギターを練習した。
思いつきで浮かんだ、とある曲のコードを拾ってみて弾いてみるが上手い事いかない。
ネットでコードを探し(便利になったもんだ)合わせてみるがそれでもしっくりこない。
自分が感じたままのコードにしたらそっちのほうが全然いい感じだった。
昔、生粋のストーンズ狂のズボンズのドン・マツオ氏がストーンズのカバーをする時は原曲は聞かず自分の持ってる雰囲気だけでカバーする、と何かのインタビューで話していたのを思い出した。その曲の精神性だけカバーするといった事なのかな。わかる気がする。
キャットパワーのカバー集もそんな感じで良かった。



深夜からDVD鑑賞。
このブログではよく登場するミヒャエル・ハネケ監督の2003年の作品「タイム・オブ・ザ・ウルフ」。
どうやら舞台はヨーロッパ。何かの災害が起き、水や食料が不足した世界。自然界の水は汚染されているらしい。
(舞台設定をまったくハネケ氏は説明しないのであくまでこれは観た上での想像)
その中でサバイバルする親子3人、いつしか水や食料を求め、「街」へ脱出できる列車が来るのを期待し駅の近くの小屋でリーダー格の男に怯えながら共同生活を送るようになる。荒んだ人達同士の葛藤、狂気、その姿が淡々と描かれる。
切迫した状況の中で「人が人でいられる」という事はどういうことか。

今年見た映画「ロード」も同じような境遇やテーマを描いていたが、「ロード」が親子2人の限られた関係を描いていたのとは違い、この映画では危機的状況の中での集団生活を送る人間たちの関係を描いている。
何とか生き残る為、人を欺き、いがみあい、、裏切られ、食料を得る為体を売り、それでも相手を思いやり僅かな希望を胸にする。いつしか現れた新しい統率者の決めたルールに従いながら、(人間は集団になればルールに沿って生きていく事が必要なのだろう)張り裂けんばかりの絶望を胸に閉じ込めながら、いつ来るかもわからぬ「列車」を待ち続ける。
ラストシーン間際、少年ベニーがとった行動は希望なのか絶望なのか。

いつも冷淡な印象のハネケ作品ですが、今回は僅かな優しさが垣間見れた気がしました。
特典インタビューでハネケは自分を「ヒューマニズムの監督だ」と言っていましたが、確かにそうかもしれません。作品によって切り口は違いますが、常に人々のコミュニケーションについてを描いているのは明確ですから。

そうそう「ベティ・ブルー」のベアトリス・ダルが「らしい」役で出演していました。
目力、変わらず強かったです。
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by joenakamura | 2010-10-08 11:40 | 映画 | Comments(0)