J O E N A K A M U R A B L O G

脳内ニューヨーク

出かけに慌てていたら家の机の上に珈琲をはげしくこぼした。
朝から凹んだ。

昨夜はDVDにてチャーリー・カウフマンの初監督作「脳内ニューヨーク」(2008年作)を鑑賞。
このカウフマン氏、「マルコヴィッチの穴」や「ヒューマン・ネイチャー」「エターナル・サンシャイン」の脚本で名をはせたクセ物中のクセもの。
「エターナル・サンシャイン」はミシェル・ゴンドリーが監督でそこそこ楽しめたが、独特のファンタジックさと現実をマッシュアップさせる内容は、自分としては腑に落ちない点も多く「気持ちわかるんだけどどうも自分的にシックリこないなぁ」といった感じだった。

で、この「脳内ニューヨーク」。
死に瀕した(と思い込んでいる)フィリップ・シーモア・ホフマン演じる主人公の演出家ケイデンが、一生をかけ「自分の頭の中のニューヨーク」を芝居として作り上げようとする物語。
カウフマン節の現実なのか妄想なのか分からなくなる演出に混乱させられながら物語は進んでいく。
シーモア・ホフマンはこういった「どうしようもないダメダメ男」を演じさせられたら天下一品だ。(シドニー・ルメット監督の「その土曜日、7時58分」での愚者ぶりは本当に素晴らしかった)

とある賞を受賞し莫大なお金を手に入れた彼は、巨大なスペースに「架空のニューヨーク」のセットを作り上げ、現実に自分の身の回りに起こる出来事をそのまま芝居とする事を決意。
長年に渡り繰り返されるリハーサル。去る演者あり、新しく加入する演者あり。
その間、離婚と結婚を繰り返し、最愛の娘にも先立たれどろどろの日々を過ごすケイデン。彼が新たな事件を体験すればそくざにそれも芝居に取り込まれ、芝居はどんどんと膨らんでいく。
何十年もただただ続くリハーサル。
あるスタッフが叫ぶ。「いったい何時上演するんですか・・・?」
混沌と時を重ね現実と芝居は交差して入り混じり、いつしかどちらが現実なのか芝居なのか分からなくなってくいく。

現実?芝居?そんなものどちらも同じだよ、あなたも「あなたの人生」という芝居の一員に過ぎないのだよ。一生かけてそれをあなたは演じていくしかないのだよ。
エンドロールが流れた後そんなメッセージが聞こえるような切ない2時間の悲喜劇、
前述のように些か独特な演出が鼻につくトコロもあったけれど、シーモア・ホフマンの泥臭い感じがうまくファンタジーさを緩和してくれたかと思う。

僕自身は、映画冒頭、蛇口が破裂した事故の際にケイデンは意識不明になり、その後の物語は昏睡状態の中見た夢では無いか、、なんて考えたりもして。

所々にグザグザ胸に刺さるような台詞も数多く胸を揺さぶられた。
滑稽さを気取っているが重く重く深い物語であった。


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by joenakamura | 2010-11-18 20:06 | 映画 | Comments(0)