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ステイ

一気に寒くなり震え上がる。
何を着ていいのかよく分からない微妙な気分。さすがにTシャツ姿はもう無理。

とは言いながら暑さの苦手な自分としてはようやく安堵出来る季節になりとても嬉しい。
自転車に乗って滝のように汗が流れないのがなんと素晴らしい事か。
肌寒い気候にさっそく夕食は湯豆腐風の鍋にする事に。「ああ、鍋物って美味かったよなぁ」としみじみハフハフしながらすっかり平らげました。

最近DVDで観た映画と言えば「ステイ」。
2005年米国映画。出演はユアン・マクレガー、ナオミ・ワッツ。
監督は「チョコレート」や「007慰めの報酬」などのマーク・フォスター。
自分としては「ああ、気持わかるんだけどなぁ、、」と自分好みの部分をギリギリでかわされたようなモヤモヤを残された作品でした。嫌いじゃないんだけど、嫌いじゃないんだけどうーん、、って感じ。



<ネタばれ含みますのでこれから観ようと思う方は以下は読まない方がいいかもしれません>







最後まで観なくても勘のいい人なら半分くらいで気づくでしょうが用はこれは「夢オチ」の話です。
自動車事故にあった青年が束の間に見た走馬灯のような夢の話。
いや夢では無く、パラレルワールドだとか色々見方があるようですが、僕は真っ当にただの「夢」の話だと思います。

家族と恋人を車に載せてドライブ中に事故にあったヘンリー。
その時にたまたま居合わせ彼を救おうとした医師、ユアン・マクレガーや看護婦のナオミ・ワッツ。
そして彼の周りを囲む野次馬達。彼らは主人公の夢の中で再構築されていきます。
ここから映画はスタート。

夢の中で狂言回しとなるのはユアン・マクレガー。そして恋人の(あくまで夢の中では)ナオミ・ワッツ。
ユアンの元にヘンリーが精神病患者として主人公が現れます。ヘンリーは謎の行動を取り、ユアンはそれを解明しようとします。
ユアンの奮闘を見てサイコサスペンスなのかな、と思い惹きこまれていきますが、どうも様子がおかしい事に気づきます。
カットとカットのつなぎ目の妙なオーバーラップや揺れ具合。繰り返される妙な風景。ねじれた時間軸。これは現実なのか何なのか・・・。
そこに死んだはずのヘンリーの母親が現れます。
ヘンリーの母親はユアン・マクレガーを息子のヘンリーと間違え優しく抱きしめます。「もういいのよ」と。
ここでユアンはヘンリーのペルソナなのではないかという疑問が浮かびあがります。

ラスト、映画は交通事故の現実のシーンに引き戻され、ユアン、ナオミ・ワッツらに見守られ救急車に運ばれていくヘンリーのシーンで幕を閉じます。そしてタイトルバック。ここにもヘンリーの記憶が散りばめられていきます。
両親、恋人を自分の運転ミスで殺してしまったヘンリーの贖罪の気持ちが夢として描かれていたのだと分かった所で映画は終わります。

そう悪くはありません。プロットとしても大変興味深い内容です。
なのですが実は夢でした!という「大ドンデン返し」をメインとするなら、本編は「夢」としての演出が分かり安すぎてビックリしません。ドンデン返しを見せようとするのなら、本編(夢の中)にもっと現実と間違えるほどの整合性がない驚きません。(例えば「シックスセンス」のように)しかし、そういった演出を途中からこの映画は放棄してしまします。
かといって「夢」として分かった上で物語を楽しめるのかといえば、メインのストーリーはあくまでユアン演じる精神科医の謎解きを軸に進んでいくばかりで一向に「夢」という手の内を見せてくれません。(映像的、演出的には不可解なシーンを挟むのですが)不完全燃焼のまま、結末を迎え「なんだよ。今までユアンが駆け回っていたのは全部関係ないのかよ!」と怒りたくもなります。
手品のネタをちらちら見せて「どう?変な感じでしょ?ね?ね?」と言われているような気持というか。。

・・・とここまで書いて、監督はあえてそんな風な落着かない、どっちつかずの演出をしたのかもしれない、と思い始めました。
なぜならこの映画の公開を数年さかのぼる2001年に公開されたデヴィッド・リンチ監督の「マルホランド・ドライブ」という映画があります。
「マルホランド・ドライブ」は役者志望の若い女性が恋人に裏切られ、失意の中、自ら命を断つ瞬間に見た「夢」の物語です。この女優を演じたのは今作にも登場するナオミ・ワッツです。そうこの映画は「マルホランド・ドライブ」へのオマージュかもしれないと思ったからです。

うーん、もう一回観ようかな。。。
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by joenakamura | 2011-10-04 00:06 | 映画 | Comments(0)