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「アンドロメダ急行」夜話

先月の2017年8月25日は僕の在籍したザ・ハッピーズのセカンドアルバムにしてラストアルバムの「アンドロメダ急行」がリリースして20年目の日。
難産であったこのアルバム、思い返すと色々な事があったと思うのだが、さすがに発売から20年、当時の事も忘却の彼方へ消えつつある今日この頃。
以前このブログで連載した「都会のハッピーズ」ほどのボリュームは書けそうにないが、100年後にどこかでザ・ハッピーズの回顧特集がされた時の為に(そんな事あるわけないけど)少し振りかえってみようかと思う。個人的な記憶なので、間違いがあれば関係者の皆さん何なりと忠告くださいませ。

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1996年の11月25日に「都会のハッピーズ」がリリースされた後、ミディからセカンドアルバムを出そうという流れになった。
録音は確か97年春頃に始まったと思うのだが、録音開始時には確か曲は「浮浪雲」と「マキシマム・ロック」の2曲くらいしかなかったと思う。
「都会のハッピーズ」では半数の曲を書いていた若林君が今回なかなか曲が出来ず(実は「マキシマムロック」の原型を作ったのは若林君だが)、弾けないギターでうんうんと唸りながら僕が多くの曲を書かねばならないという非常事態と相成り、鍵盤の西君にも「曲を作って!」と依頼して、曲が出来たらリハスタでリハーサルして録音する、という切羽詰まった状況で録音は進んでいく事となった。

さらにこの頃バンドのフットワークも鈍化し始めていた。
MIDIから給料などは出なかったので、それまでバイトで凌いでいたメンバーも当時皆27歳、続々と就職、責任のある仕事に就きだし、バンドとして活動できるのは基本的に週末のみという状況に変化していた。さらにベースのコオ君はセカンドアルバムが完成した後は仕事に専念するためバンドを脱退する事が既に決定していた。

今にして思えばこの頃のバンドはどこか「青春の終わり」のような状態にあったのだと思う。

活動の鈍化、僕とワカの作曲コンビの停止、メンバー同士の自我のぶつかり合い、作りたい曲の完成形と実力との差、等々。
学生気分で楽しく続けていたバンドが緩やかに崩壊していくのを感じながら、それでも僕はアルバムを何とか完成させたかった。
友人のサニーデイサービスの大活躍や、仲良くなり始めたゆらゆら帝国の凄さを目の当たりにして、「他のバンドに負けずにアルバムを作らねば」という意思だけはメラメラと燃えていたのである。

元々オールドロック原理主義的だったハッピーズのバンドの在り方は大きく変わってきていて、面白ければ何でもやってみようという感覚にシフトチェンジしていた。
前作はアナログ録音だったが、今作はすべてデジタル録音に変わったのもそういう事である。(アナログ録音は予算がかかる、という理由もあったが)
勿論オールドロックを手本にしていたが、そこにだけ依存しない西君の楽曲制作法の導入や、マニアックな路線をもう一歩踏み越えたい、という意思があったのかと思う。

作曲が無い分、スタジオでの編曲のアイデアの多くは若林君が出してくれた。
「浮浪雲」でプラスチックの下敷きをペコペコ鳴らしたり、「マキシマムロック」でベースラインとエレキシタールをユニゾンで鳴らしたりしたのも彼の案だ。(そもそもエレキシタールを借りようと言いだしたのも彼だった)細かいアレンジに無頓着な僕はとても助けられた。
やはりバンドというのは、誰かがダメなら誰かが補う、というのが自然と行われるものだ。瀕死でありながらもハッピーズはまだバンドだった。

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では各楽曲で振り返ってみよう。

アルバムは雀の声に続いて「モーニング・ブルース」という曲でスタートする。
この曲はムッシュの「二十歳の頃」や「ソーロングサチオ」のようなお洒落なボサノバ調にしたかったのだが、出来上がったみれば何とも不思議な形になった。
雀の声は「効果音集」のCDから抜粋。

続く「マキシマム・ロック」はハッピーズの中でも一番ロックらしい曲だろう。この曲は都会のハッピーズの頃から原型があり、本アルバムで一番古い曲だ。
後半に波の音のSEが入るが、これは確かワカが持っていたハワイの波音のみが収録されたCDから抜粋したもの。

そして「浮浪雲」。イントロのギターはワカのアイデア。とにかく一番時間がかかった印象がある曲。細かくアレンジし、ダビングも数多く、歌も最後の最後で差し替えた。
最初はこの曲がアルバムのメインソングになるはずだった。

次の「綺麗になってくれ」はガレージロックやハッピーズ初期のR&Bを意識して作った曲だったが、(イントロはThe Litterの「Soul Searchin」を引用している)使っているキーボードは僕が中学生の時に買ってもらった80年代YAMAHAの安価なポータサウンドというもので、この鍵盤、実は本アルバムでは大きな役割を果たしている。
アルバム表題曲の「アンドロメダ急行」での鍵盤は本機のプリセットの「オーボエ」を使ったものだし、「空き地に咲いた花」のリズムも本機のプリセットのリズムをスピーカーから流して、そのアンビエントを録音して使用したものだった。
このポータサウンド、いまだ自宅で現役である。

そして「フリーキー」
この曲と他曲をあわせ、湘南のスタジオにてまとめて僕のボーカルと西君の鍵盤を1泊してダビングする事になったのだが、スタジオに着くも僕は風邪でダウン、一日中ソファで寝てるだけで役に立たず、結局鍵盤のダビングだけでその日は終了して宿泊となった。
深夜になってなぜか急速に僕は回復し、宿泊所で西君と馬鹿話や馬鹿な踊りをして夜更かしし、翌日は何とか歌入れも無事に慣行、スタジオの時間が余ったので、その場で僕と西君で作った「好き嫌い」と「雨宿り」(アルバム購入者プレゼント用カセットに後に収録された曲)を遊びで急遽録音したのだった。
ちなみにこの「フリーキー」、個人的にはGrateful Deadの「Truckin'」を意識して作った。

次曲の「好き嫌い」は先述のスタジオの空き時間に作ったものだったが、楽曲不足のためにアルバムに収録することになった。「真夜中に遅い夕食を」という歌詞はUFOクラブで当時自分が平日夜中にやっていたラウンジDJイベント「ミッドナイト・ランチ」から。

続く「ショート・ショート」は西君の曲に自分が歌詞をつけたもの。
間奏のギターがカッコイイ。楽曲は幾分当時ヒットしていたベン・フォールズ・ファイヴの影響があったかと思われる。

次の「絵摩のブティック」はイントロ・楽曲・アウトロが分かれたハッピーズにしては珍しいタイプのナンバーでサイケデリックでヘビーな曲がやりたくて作った曲。THE SEEDSの何かの曲を参考にしたはず。(自分は本アルバム制作中はかなりロックモードだった)歌詞は当時、中野にあった古着屋「おしゃれサロン EMMA」より。

そして「空き地に咲いた花」、自分、ワカ、西君の3人がスタジオに居た時の合間に何となく作り、リズムは先述の通りYAMAHAポータサウンドのプリセットのリズムをアンプから鳴らし、それをマイクで録音したもの。メロウでいい曲だが当初はアルバムに収録されるとは思っておらず。曲不足のためにアルバムに採用した。

次の「もしもの世界」も西君作曲のロックンロールに僕が歌詞を乗せたもの。ブラインド・レモン・ジェファーソンやキャンドヒートが好きな西君らしく、戦前ブルースを思わせながら独特で疾走感のあるキャッチーなナンバーだ。歌詞、そして最後に「もしも…」と繰り返すのはファイルレコードでリリースした「ソウルハンター」に収録の西君作のインスト「もしももしも」へのオマージュだ。

次の「祭りにあとにさすらいの日々を」は本アルバムのリードトラックとしてMVも制作された。(昔のロックショーのようにスタジオに置かれた丸い台の上に各メンバーが一人ずつ乗り演奏するものだった。背景には巨大な「ザ・ハッピーズ」のロゴ[シングル「女心と秋の空」で小田島君が作ってくれたもの]が設置された)
タイトルはドラマ「傷だらけの天使」の最終回のサブタイトルより。
間奏の「何度も読み返した・・・」の部分はドン・コヴェイの「マーシー・マーシー」リスペクト。

そして最終曲「アンドロメダ急行」
確かアルバム制作後半に作られたもので、これを最後にする事で、雀の声に始まり、雀の声に終わる円環するアルバムのイメージが出来上がった。故にアルバムタイトルにも採用した。
アウトロが長く続くこの曲だが、カズオのドラムがフィルを入れるとどうしてもリズムが崩れてしまう為、ベーシックではフィル無しで叩いてもらい、フィルは後から西君がダビングした。後半ギターソロが入ってきてカッコ良かったのだが、あまり長尺にしたくなかった為、フェイドアウトでカットされた。いつかフルバージョンを改めて聞いてみたいものだ。

以上、各楽曲の解説だったが、本作はミックスの段階でエンジニアを担当してくれた湊雅行氏が病気で離脱するというトラブルがあり、急遽、代役で正井豊氏がミックスを担当。非常に緻密なミキシングだったが「絵摩のブティック」のみ湊さんが作ったラフミックスをそのまま採用した。湊さんとはその後のJOEY2作、ソロ「Sweet Heat」とお世話になる事となる。


音が出来上がり、ジャケット制作へ。
表の電車のイラストはVelvet Undergroundの「ローデット」を意識して僕が書き下ろした。写真撮影は福生、裏ジャケの下の英文はディレクターの渡邊さんが担当、ジャケ見開きの写真がマス上に並んでいるのはピンクフロイドの1stとセカンドがカップリングされたアルバム「ナイスペア」を参照した。
洋楽を参考にしたり、英文を入れたりしたのはいわゆる和製フォークロックの仮面を早く脱ぎ捨てたかったから。デザインは小田島等君。

本作ではプロモーション用にポスターも制作し、町田の新星堂での発売記念インストアライブで購入特典として配布された。
リリース記念ライブは9/12に下北沢クラブQUEにて。共演は現、BANKの中村大君率いる「ARCH」だった。

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このレコ発以降、前言の通りコオ君は脱退、それに合わせドラムのカズオも脱退する事となる。ハッピーズはベースに現UFOクラブ店長の北田君、ドラムにEVIL HOO DOOの小川君をサポートにライブを敢行していく事になるのだが、その頃の話はまたいつか。


「アンドロメダ急行」、改めて聞きなおすと残暑の終わりのサントラとしてよく出来ているなぁとじみじみ感じた。それは正に「青さ」の終わりとも言える。
ツギハギだらけのアルバムだけど、音を聞くとあの当時のスタジオ、プラネットスタジオ、BS&T、湘南フリースタジオの熱気が蘇ってくる。頑張って作って良かった。

ちょっと暑さのの戻った今日この頃、手元にある方は是非また聞いてみてください。
お持ちで無い方は中古で安く買えるのでよろしく。



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by joenakamura | 2017-09-19 15:51 | 音楽 | Comments(0)