J O E N A K A M U R A B L O G

カテゴリ:考え中( 38 )

めがね

仕事で一日中携帯電話とニラメッコ。目がつかれボワーンとする。
普段は毎日ほぼpc作業ばかり。少しばかり視力も落ちてきた気がする。いや老眼か。年齢的には有りうる話だ。ああ嫌だ嫌だ。

眼鏡を普段からもかけるようになったのは三十歳を過ぎた頃からだろうか。
二十代の頃も視力は決して良くはなくて、一応眼鏡は持っていたのだが、普段生活するには特に必要としなかった為ほとんど鞄の肥やしになってしまっていた。唯一の例外が映画を観に行く時。字幕が読めなかったから。
そんな風にかけたり外したりを繰り返していたら、いつしか視力は急低下。眼鏡を顔にはめていないと落着かないようになってしまった次第。

小学生時代は全く視力には問題のない健康優良児だった自分なのだが、中学に上がる頃、級友らがかける眼鏡に妙なインテリジェンスを感じ憧れを抱くようになった。
さて目が悪くないのに眼鏡をかけるにはどうしたらいいかと無い頭を絞る。結果視力検査でわざと間違えて目が悪い事をアピール。眼鏡をかけてもいいでしょう、という状況をなんとか作りだして親に眼鏡を買って貰う事を承諾させた。当時眼鏡は今みたいに一万円以下で買えるのが当たり前というのとは違い立派な高級品であったのでそういった演出が必要だったのだ。
さてその眼鏡、当時フミヤとかCCBとか夕ニャンの鶴太郎とかがかけていた洒落たセルフレームの。。。と言いたいところだが、いやいや誰がどうみてもダサイ銀縁のでガラスレンズのガリ勉タイプ。ヒイキ目に見ても1ミリもカッコ良くないのだが、当時の写真を見ると、まぁ嬉しそうに笑っている俺。よっぽど眼鏡をかけるのが嬉しかったのだろう。

とは言うものの実際そう目は悪くないので、かけているのはもっぱら登下校時とか休み時間とか部活の時くらい。(部活は美術部だった)授業中はかけないのかよ!と突っ込まれそうだが、ずっとかけていると頭がクラクラしてしまうのだ。馬鹿だねぇ俺。

そんなある日、授業を終え友達と廊下を駆けながら下駄箱へ急いでいた。
猛スピードで走っていた足を急停止させたら勢い余って眼鏡だけがポーンと飛び出して落下、(スローモーションで眼鏡が飛んでいく姿が思い起こせる)地面に落ちた眼鏡は見事にレンズが粉々になってしまっていた。
先に書いたようにレンズだってン万円する高級品。必要にかられ手に入れたのではない後ろめたさも手伝って、素直に親に「レンズを替えてくれ」とも言えず、「いや眼鏡無くても大丈夫だよ」なんて気取った物言いで誤魔化して眼鏡をかけるのをやめてしまったら急速に眼鏡熱は醒めて行き、結局それを機に眼鏡をかけることをやめてしまった思春期の頃。ああ仕方のない子供だよ。。。

それから十数年たってまさか普通に眼鏡をかけるようになるとは。
今でも眼鏡を購入する時色々物色するのは凄く楽しい。
中学生の時の憧れと同じ気持ちがむくむくと起き上る。
眼鏡をかけると何だか自分じゃない何かに変身できるような気がするんです。


憧れの眼鏡マン。映画「マルホランド・ドライブ」のアダム・ケシャー。(監督役の人。演じるのはジャスティン・セロー)椅子に座ってる人です。

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by joenakamura | 2010-10-22 02:08 | 考え中 | Comments(0)

WED

正午過ぎ、生業の会社から歩いて10分くらいの所で仕事があったのだが、外に出ると滝のような大雨。
傘をさしてもびしょ濡れになりそうなので仕方なくタクシーに乗る。

タクシーの中は空調が効きすぎて寒い程だったが自分がジャケットを羽織っていたせいか丁度良い塩梅だった。
実家住まいの頃の夏場、凍えるほどに冷房を効かせた部屋で薄い毛布をかぶっているのが好きだった。
今となっては家でエアコンをつける事すらないのだが、あの空虚で無駄な寒さには優越感と罪悪感が入り混じったおかしな心地よさがあった。

ワンメーターでタクシーは目的地に到着。
小一時間仕事後、昼はラーメン凪を食べた。
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by joenakamura | 2010-06-23 22:28 | 考え中 | Comments(0)

無駄

最近話題の行政刷新会議の「事業仕分け」。
意気揚々と事業者に向け「それは必要なんですか?」と詰め寄る議員。
正義の味方のようで相当気持ちがいいのだろうと思う。
無駄なお金を削るのは大歓迎だし、天下りなんて無くなればいいと思うけれど
その合間に大事なものも容赦なく削られている気もする。
「事業仕分け」をする議員も仕分けすればいいのに。

無駄な税金が削除されるのはいいが、生活に必要な「無駄」はなくならないで欲しい。
無駄が楽しめるような世の中であってほしい。
音楽は無駄だらけであってほしい。


次回のライブは12月5日、梅ヶ丘BAR FABRICAにて。
なかなか絡む事のないメンツのオールナイトイベントで楽しみ。ぜひ。
24時より。チャージ1000円。

今夜の1曲


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by joenakamura | 2009-11-27 00:24 | 考え中 | Comments(0)

同じ仕立て

急激な気温の低下で、今日はN3Bコートを着る。
このコート、かれこれ4年くらい着ているのだろうか。
ジッパーが少し壊れているが、今まで冬場毎日着ていても生地は全く破れずで暖かいし、とても重宝している。
ここ最近着るものにはどんどん無頓着になってきて、同じようなアイテムを着まわす事が多くなっている。
「服なんて実用性があればそれでいい」なんては全く思わないが、何故か選ぶのは似たようなものばかり。結局好きなものというのはそうそう大きく姿を変えるものでは無いのだろう。
「ザ・フライ」という映画で主人公の学者が、全く同じスーツを何十着もクローゼットも並べていたシーンを思い出す。

先述のN3Bコートも後何年も着られそうだが、この冬にはもう一着くらいコートが欲しいなとも思う。
洋服は、身にまとうだけで瞬時に気持ちを変えてくれる。
そんなような音楽が作れたらいいなといつも思うが、僕の作る曲は大抵が同じ仕立てで、同じデザインなものばかりだ。ポケットの位置や、微妙なカッティング、色味は変えているつもりだが果たしてどう聞こえているのだろうか。


お洒落と言えばスタイルカウンシル。

当時中学生だった僕には異星人のようにお洒落な音楽に聞こえた。
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by joenakamura | 2009-11-13 23:22 | 考え中 | Comments(0)

希望・絶望

昔、ミュージシャンの中村一義氏のアルバム?の広告のキャッチコピーで「僕は絶望の“望”を信じる」というのがあって、当時「何故あえてそんな言い回しをするのだろう?現実は絶望と言う事なのか」と思い何だかあまり納得がいかなかった事をふと思い出した。
あれから多分13年ほど経って、未だにこのコピーを覚えている。
と言う事は何かしら自分の脳みその中を引っ掻いてくれた言葉なのだろう。

【絶望】
絶望(ぜつぼう)とは、希望のない様子を指す。

【希望】
希望(きぼう、英: hope)とは、好ましい事物の実現を望むこと。
または、その望み。「冀望(きぼう)」とも書く。
(Wikipedia)より

この二言を聞くとゆら帝の「順番には逆らえない」という曲を思い出す。
世の中はこの間を揺れ動く振り子のようなものかもしれない。



今度の日曜はモナレコードでライブです。宜しくお願いします。
(僕は2番目です)
●2009年11月8日(日) 
「シンガーソングライター・ステークス」
会場:下北沢 mona records
OPEN/18:00 START/18:30
Charge/前売 2,500yen(ドリンク別) 当日 2,800yen(ドリンク別)
出演:中村ジョー/関美彦/CITROBAL/高津哲也
※出演者によるセッション有り。




この曲を聴いいても同じことを思いだす。
そういえばこのドラマも「ブラックロッジ」と「ホワイトロッジ」に挟まれた世界の話だ。
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by joenakamura | 2009-11-06 00:33 | 考え中 | Comments(7)

残すところあと3本

昨日のモナレコードのライブが終わり、
年内のライブは残すところ3本となった。
下北沢 京都 下北沢での開催で全部弾き語りだ。
来年の予定は今のところ決まってないので、ともかくこの3本をしっかりやろうと思う。

昨夜から今日にかけて、何ともいえぬ感覚が頭を、そして体をよぎる。
誰にでもあるような所在の知れない不安感みたいなものだ。

こういう奴は思案を重ねたところで拭えるものではないので
ともかく何かに打ち込んで追っ払うしかない。

だから今日はちょっと思いを多めにして仕事をしたり、ギターを弾いたりした。
後はビールでも飲めば何とかやり過ごせるだろう。


で、弾き語りのことを考えた。
今まで何回も弾き語りをしてきたけれど、1人で演奏するのはいつも恐い。
平静を装って舞台にあがるが、あの恐ろしさは常に拭えない。
演奏がはじまってしまえば無我夢中になるので忘れてしまうのだが。

なんだか今日感じたことに良く似ているな、と思った。
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by joenakamura | 2007-11-14 23:38 | 考え中 | Comments(0)

素晴らしい音楽

昨夜は元サンサンズ(早すぎたストイックロック!HIPHOPバンド)のギタリスト
井上民雄さんのライブをUFOクラブに見に行った。

相変らずの繊細なギタープレイに魅了される。
何故こんな素晴らしいミュージシャンが表舞台で
ガンガン活躍できないのか理解に苦しむ。
いや素晴らしいものは常にアンダーグラウンドに潜っているものなのかもしれない。
民雄さんのギターは耳にこびりついた砂を揺らすような
エキセントリックで、かつオーソドックスなサウンド。
僕がたどり着きたい場所に、簡単に辿りついてしまう音。あこがれるなぁ。。

終演後は見にきていた西君と飲む。
呑みながら、夏が近いなぁと思った。
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by joenakamura | 2006-07-26 02:39 | 考え中 | Comments(0)

新宿

この間の日曜日、新宿に買いものに出かけた。
相変らず休日の都会は、人の波がうねるよう。
20代のハジメの頃、新宿といえばライブハウス「ジャム」へ向かう道筋だった。
何度往復したかわからない、あのゴールデン街横の小路。
ミスタードーナッツの甘ったるい匂いを嗅ぎながら歩いたものだ。
ジャムとは疎遠になってしまったが、その近くにレッドクロスが出来たおかげで
この道もたまに歩くことがある。
磨り減った靴底だけが知る、不思議な歴史。

レッドクロスと言えば、今のレッドクロスが出来る前に、
歌舞伎町脇のかに道楽の向かいに、ジャムの支店のクラブ「レッドクロス」があった。
たしか1年~くらいで閉まってしまった小さなクラブ。
怪しすぎる赤いカーテンをくぐれば、中はさらに怪しげな空間。
DJしたり、ライブをしたり、カウンターでくだを巻いたりしたものだ。

混沌とした街並みは相変らずの新宿だが、細胞が小さくうごめくように
日々変形しているよう。

同様に頭の中の記憶の新宿も、日々更新を続けているのか。
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by joenakamura | 2006-05-16 04:28 | 考え中 | Comments(0)