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お気に入りの本屋

某雑誌が「お気に入りの本屋」の特集をしている。
ふと自分のお気に入りの本屋は何処だろうと考えるが、都内の様々な大型書店にはよく寄り道をするが、便利ではあるけれど「お気に入り」という程の店は特にない。
古本屋なら人には教えたくないような好きな店があるけれど、結局頭に浮かぶのは小さな頃に通っていた今は無き近所の本屋だったりする。

実家のある街には、駅前に文具店と書店が一緒になったS堂が長年どっしりと鎮座をしていた。(もう一軒小さな本屋があったが早々に潰れてしまった。)
床は石作りで、いつもひんやりとした空気が立ちこめていて、奥のレジに座るのは大抵おばあさんだった。
自分が小学生の頃、まだコンビニエンスストアが出来始めたばかりでセブンイレブンが11時にきちんと閉店する時代、文具や本はこの店で買うのが家の、否、この街の慣わしとなっていた。

当時テレビで再放送していた「あしたのジョー」のアニメに影響を受け原作漫画が欲しくなり、初めて自分一人で本を買おうと貯めた小遣いを握り締めS堂に向かった。
漫画本はレジの後の本棚に並んでいて自分で手に取る事はできない。
いくつか並ぶあしたのジョーの単行本をながめ、ドキドキしながらおばあさんに当てずっぽうで巻数を言う。
代金を払い、紙袋に入った漫画を抱え一目散に家に帰る。
するとお釣りの金額が足りない(数十円)ことに気づく。母親に告げるも当たり前に「S堂に聞いてらっしゃい」としか言われず、冷や冷やしながらS堂に戻り、おばあさんにお釣りが足りなかった事を伝えるが「ちゃんと払ったよ」としか言われず、確認しなかった自分を責めながら半べそでトボトボ家に戻る。こんなおっちょこちょいな癖は未だに直っていない。人とはある意味成長しないものだ。
後から思えばそう恐い人では無かったS堂のおばあさんだが、このお釣りの件で自分の中で「恐いおばあさん」と刷り込まれてしまった。幼少の記憶とは恐ろしいものだ。

さて紙袋を開けて現れた、初めて買った漫画本は「週刊少年マガジンコミックス」の「あしたのジョー」9巻。
読んでみると期待していたボクシングシーンは全く無く、力石を殺してしまったトラウマを抱え街を徘徊するジョーの姿が描かれるばかり。面白くないなぁとボヤきながらも、せっかく買った漫画本、何度も何度も読み返し、いつしかゴロマキ権藤のカッコよさに痺れるのだった。


おばあさんにビクビクしながらも、長年S堂には通い続けた。
ネットなどなく、何事の情報も乏しいこの頃、棚に並ぶ店主のピックアップした本達が自分にとって大きく広がる世界の扉であったのは確かだ。
背伸びして「スターログ日本版」やスターウォーズのアイロンプリント本を買ったり、映画「スーパーマン」のムック本を予約注文したり、子供らしく恐竜図鑑やガンダム図鑑を買ったり、スケッチブックやノートにボールペン、大人になって実家の側で仕事をするようになってからは週間誌やミュージックマガジンやら音楽誌を買ったりしていた。

数年前にS堂は解体され、コンビニに姿を変えてしまった。
S堂が「お気に入りの本屋」だったのかと言えば実はそうでもないのかもしれないが、この本屋で自分が形成されたのは間違いない。
焼けた背表紙の文庫本が並ぶコーナーを歩くと紙のなんとも言えない香ばしさが鼻をかすめたのを思いだす。


さて最初に買った「あしたのジョー」、最終巻がすごいと噂を聞き、9巻を読み飽きた頃に今度はちゃんと意志を持って「20巻をください」と告げS堂で購入。
9巻はどこかへ行ってしまったが、これは未だにボロボロになりながら自宅の本棚の奥に眠っている。
お気に入りの本屋_f0105810_15134070.jpg

by joenakamura | 2017-08-22 15:14 | 考え中